2008年03月31日
さよならほいくえん(ありがとう)
保育園での勤務が完了した。
こっちに来た最初の一年で大きな挫折を味わい、保育という仕事に失望し、それでもせっかく資格があるのだから、と勤め始めた園だったのだけど、ここでは素敵な出会いに恵まれ、日を追うにつれどんどん仕事が楽しくなり、あまりに居心地がよかったので、急場しのぎの腰掛けのつもりが、つい4年間も長居してしまった。
子どもが生まれたのも、ここに勤めて初めての夏だった。彼が生まれた日、遅刻して職場に行ったら、スタッフやみんなが口々にお祝いの言葉をくれ、クラスに入ると、子ども達までも、一斉に「おめでとう!」と言ってくれた。その彼ももう3才8ヶ月。
10:15から7:00までの時間外保育専任、クラスに属さないフリーの保育士という立場で、クラス運営のしがらみから離れていたということもあって、日によってあちこちのクラスを渡り歩き、かなり純粋に、子ども達と「遊び暮らす」ことができた。こんなので給料もらってええのかしらん?って思うくらい。
そんな日々の中で、子どもたちの可愛さ、彼らと接する仕事の楽しさをつくづく実感し、そんな明るい思いのエネルギーが自分の中に蓄積されてきたのを感じている。
そして、もうそろそろ充電完了。
保育園とはとりあえずさよならだけど、この仕事を「辞める」というのではなく、あくまで
これまでの延長として「次にいく」つもり。
感謝して働ける職場で働くことができたことに、感謝。ありがとう、ありがとう。
さて、Next step!
2008年03月30日
津新町 ダナパニ
津新町駅前、新町通りに、1月頃オープンした(らしい)インド料理店、ダナパニに行ってきました。
ランチバイキングが、平日950円、土日は1200円。カレーが3種類とサラダ、ライス、タンドリーチキンに、希望すればナンを付けてくれる(付けなきゃ損!)。
詳細はくむらもとみさんにおまかせ(^^)
コドモと二人で行ったのだけど、席に着くと間もなく、店員さんが、コドモに濃厚であまーい、マンゴージュースを持ってきてくれた。コップが空になると、すかさずお代わりを持ってきてくれる。おまけに食後にはアイスクリーム。さらに、会計を済ましたあと、ペロペロキャンディの入ったカゴを差し出してくれた。
甘いもの攻勢の過剰なお子様サービスだけど、コドモ的にはもちろん、まんざらでもなかったみたい。
三人の店員さんは、みんなインドの人らしい。日本語は・・かなり怪しいのだけれど、見るからにいい人そうで、コドモに目配せしたり、コドモが指さした、「アラジン」のオモチャを手元に持ってきてくれたりする。
どなたかが書いていた通り、カレーがやや冷めていて残念だったけれど、子どもも安心して食べられるマイルドな味で、ナンもふんわりたっぷりで食べやすいものでした。またいこっと。
「インドでは米・麦・豆を『ダナ』、水のことを『パニ』といいます。この二つは生きていくのに大切なもの。そこから
店を『ダナパニ』と名付けました。」なのだって。
2008年03月29日
ひじきの煮付け
夕食。ひじきと大豆の煮付け、なめことこうなごの酢の物、ほうれんそうのおひたし、ブロッコリーと白ねぎの味噌汁。
2008年03月29日
ブランチ
うんと寝坊して起きてきたコドモにブランチを用意する。自分用のコーヒーと。いい天気なので、日当たりの良いぼくの部屋にご招待して。
もちろん、イチゴから(^^)
2008年03月28日
カメラおじさん
園で、 お迎えにきたお母さんに、卒園して小学校に行っているお姉ちゃんは春休みでどうしてるの?と尋ねたら、同じ団地に住む友だちのところに遊びに行ったり、公園で遊んだりしてるの、と言う。
でもね、この頃こわいでしょう、だからあまり遠くには行かないように言ってるの、こないだもね、団地の前で遊んでたら、カメラを持った男の人が近づいてきた、って言うから、そんなときは直ぐに逃げるのよ、って教えたの、って。
ふむふむ、確かにちかごろ、変なのとかとんでもないのがたくさんいてますもんねえ・・と相づちを打ったのだけど、ふと。
「カメラを持った男の人」ってそのまんまワタシですやん。園でもプライベートでも、素敵なシーンや記録しておきたい場面に出会ったら直ぐ撮れるよう、たいがいたすき掛けでカメラを提げているんですけど(^_^;
もしかしたら、きょうび、「カメラ持ってる=怪しいひと」っていう構図が出来てしまってるの?「ちょっとゲイジュツ」って雰囲気はもう通らなくなってるの?
だとしたら困るこまる。「怪しく無さ」を演出するにはどうしたらええんやろ。
1.コソコソするから怪しいのでいちいち「写真とるでぇ!」と宣言する。(やかましい)
2.「プロ?」と勘違いしてもらえるよう一眼レフやら三脚やら重そうなカメラバッグやらを提げる。(重いしめんどくさい)
3.「中日新聞」なんて腕章をはめる。(バレたらよけいややこしい)
4.「安全清潔な青年」を装う(ムリ)
5.開き直ってこのままいく。(やっぱりこれでいこう。なーんにも悪いことしてないんだもん)
写真って、何故か惹かれるんですよねえ。子どもたちの写真が多いんだけど、日常に垣間見える「うつくしさ」を切り取って残しておきたいと思うのです。
2008年03月26日
いたろう絶賛
お茶の稽古の帰りなどに、しょっちゅう寄っているらーめん屋さん。
一見ぎらぎらして濃いかんじのスープだけど、いただいてみると和風のだしが利いたほっとするしょうゆ味なのです。コシのあるちぢれ麺は、入り口の横にでんと据えられた製麺機で毎日仕込んでいるらしい。
ぼくのお気に入りは、これでもか、っちゅうくらいボリュームたっぷりにどがんどかんと盛られた竜田揚げ定食なのだけど、冬場は辛み増量した、あっつあつの味噌ラーメンもたまらん。塩ラーメンは何故か懐かしい味わい。
店の一角に「キッズコーナー」があって、もちろんそこで連れてきた子どもを遊ばせることができるのだけれど、マスター夫婦の子ども(2才と4才)もそこで遊んでいることがあって、一緒に遊んでくれたりする。機嫌が悪いと追い払われたりもするらしい(^^)
こないだは、お姉ちゃんがカウンターの上に招き猫のように座ってたし。
夫婦ふたりで忙しく店を切り盛りしながらも、手の空いた時間にはちゃんと子どもをかまっていて、仕事と生活のバランスを取りながら両立させようとがんばっている姿が、ぼくにはとても素敵に思える。
何度も通っているうちに、ぼくのカフェの計画について話したら、夫婦ともに親身になって耳を傾けてくれ、その都度、自分たちの経験に照らし合わせて具体的なアドバイスをくれる。b-Cafeは、ここと同じ駅からの徒歩圏内を計画しているので、心強いことこの上ない。すっかり甘えて、一番の相談相手になってもらっています。ありがとう。
ひいき抜きに、とってもおいしくて居心地の良い店なので、是非!
ぼくが勝手に作って押しつけたケイタイサイト。

http://homepage.mac.com/kamurarita/itaro
2008年03月25日
卒園ビデオ
卒園式だった。
ここの園に来てから、毎年、この日に間に合わせて、卒園児たちに見せる記録ビデオの製作をしている。
式の後に広い部屋で子どもたちと保護者に観てもらい、コピーを持って帰ってもらう。
子ども達が園で過ごす様子、ひとりひとりへのインタビュー、園舎や子どもたちの写真のスライドショー等を盛り込んで30分くらい。毎年3月に入る頃に製作に入り、保育の合間を縫ってビデオ、写真の撮影を進める。
録り貯めたのをMacに放り込み、選択・整理して、編集に取りかかる。Macには「iMovie(http://www.apple.com/jp/ilife/imovie/)」という優れた動画編集ソフトがバンドルされているので、それを使う。(’08’バージョンは操作体系が大きく様変わりしてしまったので、ひとつ古いけど慣れ親しんだ、’06バージョンを使った)
編集作業がまる二日くらい。何故か毎年編集完了が卒園式の夜になってしまうので、そこからが大変。
動画をDVDに書きだし、コピーをどんどん作る。書き込みに時間が掛かるので、ウチにあるパソコン3台をフル活用してどんどん焼いてゆく。こっちに新しいディスクを入れたらあっちから出来上がったのが吐き出されて、入れ替えたらもうひとつのも出来てきて・・という感じで、もうモグラ叩き状態。
並行して、ケースのジャケットを作って印刷、ものすごい手作業で、カッターで切り分けて、折って、ケースにはめてゆく。
それから、出来たディスクの表面にタイトル等を印刷する。それをケースに納めて、ようやく完成。
50枚作ったら部屋中ディスクだらけで、年末の年賀状作りに似た様相。まさしくインディーズってかんじ。
毎年こんなことをするのは、もちろん好きで楽しくてやっているのだけれど、子ども達が大きくなってから、これを見て欲しいという思いも強い。
どの子も、両手放しにすばらしい!、というわけにはいかないけれど、それぞれに美しく、それぞれに輝いている。写真に写った彼らの瞳はあまりにまっすぐで、観ていて圧倒されてしまう。
彼らが暮らしを重ね、大人になり、疲れて前に進めなくなってしまったとき、6才の彼らに再会して、そんな眼をしていたこと、素直な想い、あどけない夢を持っていたことを思い出して欲しい。生きるのは嬉しいこと、ほんとはかんたんなことなのだという感覚を呼び起こして欲しいと願っている。
そう、未来のきみたちへの、きみたちからのプレゼントなのだよ。(かっちょえ〜!)
ここの園に来てから、毎年、この日に間に合わせて、卒園児たちに見せる記録ビデオの製作をしている。
式の後に広い部屋で子どもたちと保護者に観てもらい、コピーを持って帰ってもらう。
子ども達が園で過ごす様子、ひとりひとりへのインタビュー、園舎や子どもたちの写真のスライドショー等を盛り込んで30分くらい。毎年3月に入る頃に製作に入り、保育の合間を縫ってビデオ、写真の撮影を進める。
録り貯めたのをMacに放り込み、選択・整理して、編集に取りかかる。Macには「iMovie(http://www.apple.com/jp/ilife/imovie/)」という優れた動画編集ソフトがバンドルされているので、それを使う。(’08’バージョンは操作体系が大きく様変わりしてしまったので、ひとつ古いけど慣れ親しんだ、’06バージョンを使った)
編集作業がまる二日くらい。何故か毎年編集完了が卒園式の夜になってしまうので、そこからが大変。
動画をDVDに書きだし、コピーをどんどん作る。書き込みに時間が掛かるので、ウチにあるパソコン3台をフル活用してどんどん焼いてゆく。こっちに新しいディスクを入れたらあっちから出来上がったのが吐き出されて、入れ替えたらもうひとつのも出来てきて・・という感じで、もうモグラ叩き状態。
並行して、ケースのジャケットを作って印刷、ものすごい手作業で、カッターで切り分けて、折って、ケースにはめてゆく。
それから、出来たディスクの表面にタイトル等を印刷する。それをケースに納めて、ようやく完成。
50枚作ったら部屋中ディスクだらけで、年末の年賀状作りに似た様相。まさしくインディーズってかんじ。
毎年こんなことをするのは、もちろん好きで楽しくてやっているのだけれど、子ども達が大きくなってから、これを見て欲しいという思いも強い。
どの子も、両手放しにすばらしい!、というわけにはいかないけれど、それぞれに美しく、それぞれに輝いている。写真に写った彼らの瞳はあまりにまっすぐで、観ていて圧倒されてしまう。
彼らが暮らしを重ね、大人になり、疲れて前に進めなくなってしまったとき、6才の彼らに再会して、そんな眼をしていたこと、素直な想い、あどけない夢を持っていたことを思い出して欲しい。生きるのは嬉しいこと、ほんとはかんたんなことなのだという感覚を呼び起こして欲しいと願っている。
そう、未来のきみたちへの、きみたちからのプレゼントなのだよ。(かっちょえ〜!)
2008年03月25日
hakusaiの花
あれれ、こんなとこに菜の花が、と思ったら・・・
白菜の花だった!園の裏庭の畑で。
放っておいたらこんなふうになるのね。知らんかった!
ちょこっと調べたら、実は似たもの同士らしい。
べんきょになった。やっぱり生きてるって、たのしい。
2008年03月24日
春だわ
公園に行くともう、毎年恒例の花見ちょうちんがもうずらりと下げられていた。

木肌から無理矢理とびだしたようなつぼみ。
「はやく咲かせろ〜」

巨大ワニ(?)とたたかうひと。

たべられた。
木肌から無理矢理とびだしたようなつぼみ。
「はやく咲かせろ〜」
巨大ワニ(?)とたたかうひと。
たべられた。
2008年03月23日
おそるべし、主婦の友社
庭づくり、バラづくりと同列で、カフェづくりまで指南してくれるなんて。
主婦は何でもつくるのだなあ。すげえ。
2008年03月22日
しーふーどやきそば、しじみ汁
家族3人で、ものすごい泣かされそうな テレビの録画 を見て、やっぱりものすごい泣かされて、「ああ、生きてる、生かされてるって、毎日が奇跡なんだわ」と実感して、すっかり遅くなって、冷蔵庫あさってダッシュでやきそばを作る。
冷凍シーフード山盛り、葉にんにく、まだまだあるブロッコリー、中華鍋ぶん回して、鶏がらスープで調味、青のりどばっ。
2008年03月22日
おいしいお茶のいれかた
熱くしたポットに、惜しみなく茶葉を盛り、おそろしく煮えたぎった湯をすみやかに注ぐ。それだけ。
春の日射しが注いで暖かい午後の部屋で、ものすごくささやかな、ツレアイのお誕生会。
(それなりに)ていねいに入れたお茶と、ちょっとしたお菓子と、本と、日射しと家族と。
こういう時間が、ぼくの基本なのだわ。
2008年03月22日
洋食屋 中津軒
日の丸が立ってる!
家族3人で、中央郵便局の裏にある洋食屋、「中津軒」でランチをいただだいてきた。
こぢんまりした玄関から入ると、思いのほかゆったりした、レトロ洋風空間が広がっている。築50年という歳月が、店内の造作のここかしこから感じられ、ほっとする。木調がちゃがちゃハンドルのテレビが、あやしい色合いながらまだ映っていることに感心したり。
Aランチ1100円と、お子様ランチ。「お子様」の方がゴージャスな気がする。
満席とはならずとも、入れ替わり立ち替わり、いつも通っている勤め人らしいひと、極めてラフないでたちのおっちゃん、年配の夫婦、若いカップル、ゆっくりと歩くおばあさんなど、様々なお客さんが尋ねてきて、知る人ぞ知る、地域で愛されている店なのだな、と感じる。
素敵に齢を重ねたジェントルマン、って感じ。
名物らしい「メアベア」をまだいただいてないいし、また行こうっと。
2008年03月22日
ルーブル彫刻美術館
こないだ家族で温泉に行った際、降りた駅で送迎バスを待つ間に、以前から電車から見て気になっていた「ルーブル彫刻美術館」界隈を散策してみたのだけど・・・
詳細はこちら ↓ にお任せします。
巡り巡って〜ルーブル彫刻美術館
こっち ↓ はだいぶヘビー
田舎にひっそり佇む隠れ聖地 ルーブル彫刻美術館・大観音寺
ウチの近所にもこんなトンデモパラダイスがあったなんて。
入ってみなくてよかったような、ちょっと惜しいことをしたような。
・・・ひとりじゃコワイので、誰か、つきあってくれません?
2008年03月21日
スーパーナイスな寺
職場の近所でみつけたお寺。
スゴイ名前だと思う。「超」って。「善」を「超」えたら一体どうなるのかどきどきする(^_^;
一線を越えたら、ワルくなってしまうのか、もうええも悪いもどうでもよくなるのか??
・・・でもええこと書いてます。またお参りしよーっと。
2008年03月20日
思いやる/愛する
夕食時、コドモがなかなか席に着こうとせずいつまでも遊んでいて、時間も遅くなっていたのでつい、「早く座って食べなさい!」と大きな声で叱りとばしてしまった。
コドモは「だって!・・」と反発しかけたものの、みるみる顔がくしゃくしゃになって、泣き出してしまった。かっとなって悪かったな、と反省し、ごめんね、と抱き上げると、しがみついて大泣きし始めた。
保育園の彼の担任は、彼が給食をしっかり食べてくれる、行儀もとても良くて、注意されることなどめったにない、と彼のことをよく褒めてくれる。
園での様子を見聞きしている限りでは、必要以上に緊張しているとか気を遣っているとかいうわけではないと思うのだけれど、彼なりに、園と家で気持ちや振る舞いを切り替えているのだろう。
そう考えると、場によって「ちゃんとする」ということは分かっているのだから、家で少々行儀が悪かったりふざけたりしていても、そうやって「ウチとソト」でバランスを取っているのかもしれない、と考えるとだいぶ大目に見てやれる気がする。
子育ての仕事をするときはもちろん、そうでなくとも人と接するとき、そうやってその人の生活背景全体をふまえると、その場だけで判断すると不作法だったり非常識であるように捉えてしまうことでも、かなりの程度まで、許せるものなのもしれない。
もちろん、その人の生活全てを知ることなどはできないので、そこは想像力を巡らせて。
とはいえ、そうやって人を「許す」のってほんとうに難しい。そういう場面に出会うたびに、自分の価値観にしがみついている自分を痛感する。(『自分』というものの不確かさと直面するのが怖いのだろうなあ)
いいひとごっこから踏み出して、ほんとうに人を思いやるということは、自分がかたくなに守っているものをひもといて相手に差し出す、身を切るような行為なのだと思う。
「思いを遣る」ということ。立ち止まって一心に耳を傾けること。こころを開いて受け容れること。ぼくはまだ彼方にいるのだけれど、「愛する」というのはそういうことなのだと思う。
コドモは「だって!・・」と反発しかけたものの、みるみる顔がくしゃくしゃになって、泣き出してしまった。かっとなって悪かったな、と反省し、ごめんね、と抱き上げると、しがみついて大泣きし始めた。
保育園の彼の担任は、彼が給食をしっかり食べてくれる、行儀もとても良くて、注意されることなどめったにない、と彼のことをよく褒めてくれる。
園での様子を見聞きしている限りでは、必要以上に緊張しているとか気を遣っているとかいうわけではないと思うのだけれど、彼なりに、園と家で気持ちや振る舞いを切り替えているのだろう。
そう考えると、場によって「ちゃんとする」ということは分かっているのだから、家で少々行儀が悪かったりふざけたりしていても、そうやって「ウチとソト」でバランスを取っているのかもしれない、と考えるとだいぶ大目に見てやれる気がする。
子育ての仕事をするときはもちろん、そうでなくとも人と接するとき、そうやってその人の生活背景全体をふまえると、その場だけで判断すると不作法だったり非常識であるように捉えてしまうことでも、かなりの程度まで、許せるものなのもしれない。
もちろん、その人の生活全てを知ることなどはできないので、そこは想像力を巡らせて。
とはいえ、そうやって人を「許す」のってほんとうに難しい。そういう場面に出会うたびに、自分の価値観にしがみついている自分を痛感する。(『自分』というものの不確かさと直面するのが怖いのだろうなあ)
いいひとごっこから踏み出して、ほんとうに人を思いやるということは、自分がかたくなに守っているものをひもといて相手に差し出す、身を切るような行為なのだと思う。
「思いを遣る」ということ。立ち止まって一心に耳を傾けること。こころを開いて受け容れること。ぼくはまだ彼方にいるのだけれど、「愛する」というのはそういうことなのだと思う。
2008年03月19日
自動じゃない
園で、おやつの時間に「レストランごっこ」をした。チケットを持ってきて、お菓子と交換し、テーブルに着いて食べるという学食風。


「じどうはばいき」らしいけど、めっちゃ有人。4人がかりだもん。

行列できすぎ。
「じどうはばいき」らしいけど、めっちゃ有人。4人がかりだもん。
行列できすぎ。
2008年03月16日
ぶろこりすぱ、常夜鍋
昼食。いただいたブロッコリーをさっと塩ゆでして、中華鍋で熱くして塩を振ったオリーブオイルに、茹でたパスタ、ウインナーと一緒に放り込んで、ざっと絡めただけ。コショウを利かせて。
春先のブロッコリーの緑が綺麗だし、柔らかい!
夕食もやはり、大量にいただいたほうれん草で、常夜鍋。今シーズン最後の鍋かな。
2008年03月15日
「ボードゲームの夜」
やたらに上質で気になっていた折り込みタウン情報誌、月刊カラスが主催する「ボードゲームの夜」というイベントに参加してきた。
たまたま覗いた、津駅西口付近の雑貨屋にポスターが張ってあるのを見つけて、「コレは!」と天啓を受けたようにソッコーで申し込んだ。
実はぼくは、ボードゲームが好きで、買い集めようとしていたころがあったのだけど、買って説明書を読みあさっても、付き合ってくれる人や機会がめったに無いことから、いつか押し入れに押し込んだままフェイドアウトしていたのだった。
晩、わくわくしながら、津駅からサティに向かう途中の上浜町にあるハイセンスなカフェ、「カフェドルチェ」に向かい、ドアを開くと店内に人がわんさか。主催者の予想を越えて大勢の人が集まってきたらしい。
時間がないので早速ゲームに取りかかる。これらはカラスの編集N氏のコレクションらしく、こなれた解説で、手短にルールを説明してくれる。
初対面の人ばかりなのだけど、たちまち打ち解け、わいわいと大いに盛りあがった。
ヨーロッパには、大人達がこうして、カフェや酒場でボードゲームに興じる文化があるのだという。そうやって大人のために本気で作られたゲームたちのデザイン(造形もルールも)がまたすばらしい。
こういう、「オトナがちゃんと遊ぶ文化」を、ぼくらは、再発見し、定着させてゆかねばならないと思う。やっぱり遊んでナンボだもん。人生だってひとつのゲームなんだから。
コレはもう、b-Cafeに導入しない手はないっ!
・・・2時間あまりのイベントじゃまだほんの序の口ってかんじでぜんぜん物足りないんだけれど、こういうキッカケを提示してくださった「カラス」に感謝!
で、次はいつ? (^^)
2008年03月15日
クッションコーナーが来た!
カフェ作りに向けて、物件や金策等、具体的な動きが取れないまま3月中盤を迎えております(^_^;
昼、同僚がクッションコーナー(勝手に命名)を届けてくれました。
彼女が車を買い換えた際に、その店の子どもコーナーで使われていて、改装のため廃棄されようとしていたそれをもらい受け、しばらく保育園で使ってたもの。
年長クラスを受け持っている彼女の卒園アルバム作りを手伝う報酬として、今度始める店で使うから、それをボクにちょーだい、そしてウチに運んで(だってクルマが無いんだもの)、とお願いしたら、気前よくオウケイしてくれました。
そんで、先ほど、配達に来てくれたのでした。こういうクッションの柱が2本ずつの正方形になり、まだ届いていないのだけど、中にはぴったり合うフラットなクッションが入る。きれいに拭いて、中にはクッションの上に柔らかいカーペットでも敷いて、赤ちゃんの遊びスペースにするつもり。ハイハイ前の子なら、3,4人は入れるんじゃないかしら。
お金が無いので、人脈と無い知恵をフルに使ってモノを揃えて行こうっと。・・・ちゅうか、先にハコを何とかせい、っちゅう話ですよねえ(^_^;
